コラムを書くに際して、多くの子ども達と関われたことに感謝したいと思います。
■ 腑抜けになって
さて、私の経歴を見ると「この人は元来子ども好きなんだろう」と思われるかもしれません。ですが実際は全く関心がなく、20歳までは海外青年協力隊で、海外に行き活躍したいと思う日々でした。しかし、大学へは行ったものの、大学に馴染めずに退学をしてしまいました。夢が無くなるとこうも人は駄目になるのかと、身をもって実感した時期でした。
■ ボランティアを始めて
渡りに船ではないですが、精神的に腑抜け状態の時に、地域の福祉施設の館長から、自分のところの施設でボランティア活動をしてみないかと誘われ、1も2も無くすぐに活動を始めてみました。当時は珍しい民間学童で1日を思いっきり遊び、子ども達にも名前を覚えてもらい、生き生きとした自分を発見しました。そのために、かなりのめり込んでいくことになります。のめり込んだ勢いで、この施設が運営している少年野球チームのコーチを引き受けることになりました。
■ 自分に酔いしれて
実は野球をするのはこれが始めてで、これまでの人生で野球を積極的に見たことも、やった事も無い自分がいきなりコーチになってしまいました。当然のごとくなともなコーチではなく、ノックをすればホームラン、ルールがわからず子どもから教わる等、どたばたの日々が続きました。この状況でも1年が過ぎると、まともに見えるコーチになり、子どもからコーチと呼ばれることが、快感に思える時期がおとずれることになります。
■ 酔いからの脱出
多くの指導者がこの快感の魔力に取り付かれます。私もこの状況を脱するのに2年の時間がかかりました。しかし、運よく脱することが出来て、本当に良かったと思っています。なにより、この気づきは、指導されている子ども達のためであると確信するからです。
(副代表 岡安)


学生でたいしたことも出来ないのにもかかわらず、しかも学校ではないのに「先生!先生!」とたくさんの場面で呼ばれることがたくさんありました。
私の今の職場は学童ですが、保護者の方からは「先生」と呼ばれています。
今も昔も私が「先生」と呼ばれるのが不思議な気持ちでいっぱいです。正直な気持ちを言うと、嫌なんです。
「先生」と呼ばれる程できることはしていないし、まだまだ未熟な部分がたくさんあるからです。それは今も同じです。
保護者の方や関わっていた大人にとっては、何と読んだらいいか分からない為にそう読んでいることも考えられますが。
でもコーチや先生など人の上に立って指導するためには、そう呼ばれている以上、責任を持ってその役割をしっかり果たす必要があるのかもしれません。そして、その意識を常に持ち続けることが大事だと思います。子ども達のための「コーチ」や「先生」でなければいけないですね。