2007年09月27日

歪んでいる関係

※ 今回の文章は、前回の文章の続きとして、書かせていただきます。もし、お読みになっていない場合、前回の文章をご確認のうえ、お読みください。


■指導を受けて

 私が担当していた児童の中には、お金を渡すとすぐに使ってしまったり、時にそのお金で施設を出て行ったりする子がいました。お金のやり取りは、児童との大切なやり取りの一つです。これは、私たち自身も同じことで、親とお小遣いの事でやりあった経験があるはずです。

 
施設に監査が入った時のことです。監査の方が児童のお小遣いの管理はどうしているかを尋ねてきました。私は素直に、一部は園を出た時のために貯金をし、残りは使い道を聞いて妥当であるならお小遣いを出しますと答えた。すると、監査の方がこう私に言ったのを今でも忘れません。

 
「お小遣いは都が児童自身に渡しているもので、勝手に職員がお金の使い道を決めてはいけない。使い方は児童が決めるのであって、職員は口出ししてはいけない。児童の権利に反する行為である」と、こんな歪んだ権利の解釈があるでしょうか?

 
お金の使い方は、小さい頃から家庭教育の一環として、しっかり教えなくてはいけないことで、ただお金を与えて勝手に使わせればいいというのは、大人が児童の養育を放棄したのと同じだと思います。私は法律家ではないので、法律的には問題なくても、人間を育成する観点から考えるとこれは放棄としてしか考えられません。皆さんはどのような感想をお持ちになりましたか?監査の方に賛成の方もいるでしょうし、また私の意見に賛成される方もいるでしょう。どちらにしても、全体での議論が必要なのかもしれません。


■「キレ」させないように


 児童の対応については、それぞれの施設によって多少異なりますが、私の施設では、会話で以て行うことが基本でした。会話といえば聞こえはいいのですが、児童の気持ちに配慮すると共に、「キレ」るといった行為が起こらないように注意して対応することが重要となります。児童が「キレ」てしまうと職員の力不足ということになりかねません。

 
ここで問題になるのは、児童に配慮することや、傷ついた心を理解することは専門職として求められるのは当然なのですが、その状況が過度になってしまい児童に率直に意見を述べられない状況になっていることがあります。児童は大人以上に環境を敏感に察します。当初、施設に来た児童は大人が思った以上に聞き分けがいいのを逆手に取り、好きなことを言い出すケースがあります。

 こんな発言をすると、臨床心理士や他の職員さんから非難される可能性もありますが、あえて私はこう述べたいのです。確かに人間不信(大人)に陥っている児童を温かくケアし、職員との愛着関係を結ぶことは大切なことです。実際に対話と不断のない愛情を以て、多くの児童が巣立っていることも事実です。しかし、施設を自分の都合良く使用し、職員を職員としてみなさない態度を取る児童もいるのです。その児童にどの様な理由があれ、伝えなければならないことは、しっかりと伝えることが出来るシステム作りが必要だと考えます。変に大人がこびている現状があることも事実なのです。子どもの権利と虐待からくるケアのあり方によって、大人が本当に伝えなくてはいけないことを躊躇するようではいけないと考えます。


(副代表 岡安)

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2007年09月19日

大人になる権利の保証

 今回の内容は、受け取られ方によっては、非難をかってしまう内容かもしれません。ただ、現状の体制に肯定的な方が多いことも承知で、あえてアンチ的な表現をさせて頂ければと思います。現在も大変な状況で働いている仲間と、その組織にいるがために表現出来ない事を、少しでも私が代弁できたらという思いで、今回のテーマを上げさせてもらいました。

 
児童養護施設職員としての7年間の体験は、私に貴重な経験を与えてくれました。今回のテーマである「大人になる権利」もその1つと言えます。

 
「子どもの権利条約」を日本が批准したのは1994年で、今から13年前になります。ユニセフでこの条約が発表されたのが1989年で、5年後の批准は遅いとも言われました。内容としては、4つの柱からなり、「生きる権利」、「育つ権利」、「守られる権利」、「参加する権利」になります。詳しくはホームページ等で「子どもの権利条約」で検索してみて下さい。

 
批准を受けて行政は動き始めます。そして、児童養護施設の子どもにも協力してもらい、「子ども権利ノート」が作成されました。確か、私が施設職員2年目の時に、施設の子ども達に配布され、その内容を読み上げて説明した記憶があります(1998年頃)。それからというもの、施設では子どもが直訴できる意見箱の設置や、その直訴を検討するための施設職員の体制整備、様々な問題を客観的に判断してもらうための第3者委員会の設立、直接的には関係しませんが間接的に関わりがある施設のサービス評価等が次から次へと行われました。

 
今から15年以上前の児童養護施設では、体罰ではないにしても時に強引な手法で子ども達を指導していた事は確かで、それは養護技術の未発達と職員の情熱や思いで対応していたためだと言えます。そこから思い返せば改めることは当然だと私も考えます。ただし、現状は子どもにビクつく大人の姿が問題だと思うのです。

 
「子ども権利条約」批准以降は、子どもの権利保障のために様々な整備が行われてきました。このことを否定するつもりはありません。ただ、大人が優位にたって処遇(支援)していたのが、現在は子どもが優位にたった処遇(支援)になっています。この逆転から大きな問題が生まれてきています。数年前に他の施設を卒園した人と話をしていた時に、自分の施設について語ってくれました。それは、久しぶりに卒園した施設を訪問してみると、子ども達があまりにもわがまま放題で、なぜもっと厳しく対応しないのだろうという内容でした。その人は、自分が今の施設ではなくて本当によかったとも言っていました。それは、甘えだけで厳しさが無いために、自立が出来なかったかもしれないという事でした。1人の意見で全てを計る訳にはいきませんが、大切な事が含まれているように思います。

 次回は
、これに関する事例を上げてみたいと思います。個人情報の関係上どこの出来事なのか、だれが行ったことかは申し上げられません。また、事実に近い形で表現しますが、全てを事実として申し上げることは出来ないので、あらかじめご了承下さい。

(副代表 岡安)
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2007年07月26日

時代は繰り返すのか? −児童養護をめぐる問題−

 ひさしぶりの「おもい書き」で大変に申し訳ありません。ようやく、夏休みになり少し余裕ができたので、また書いてみたいと思います。

 
夏は子どもも大人も躍動的になるシーズンです。私は夏が大好きで、お祭りや盆踊りといった様々なイベントや海に行くのは最高です。しかし、私は楽しい夏以外にもう1つ思い浮かべることがあります。それは、原爆投下から終戦に至る夏です。  日本は当初、短期的な戦争を想定し、作戦を立案し開戦をしましたが、実際は長期間に渡るものでした。また戦線は拡大する一方で、各地に派兵したために物資がいき渡らなくなった日本軍は、人を武器にし、精神論を頼みの綱として戦争を続けました。しかし、科学力や物量に勝るアメリカに結局は負けることになります。

 
「なんだ、戦争の話で資質向上の話とは関係ないじゃないか。」と思われた方がいたかもしれませんが、これが大ありなのです。最近、用事があって児童養護施設の友達と話す機会がありました。児童福祉法が改善されたと言っても、まだまだ改善するべき点はたくさんあります。その中で、改善を急がれるのが私は職員の待遇であると思います。児童養護施設職員は常に資質向上といわれています。確かに個人の資質を向上させていく必要はあります。しかし、人育てるということは一朝一夕でできるわけではありません。じっくりとじっくりと時間をかけて行われるものです。そして、向上させるための精神的なゆとりと時間や研修体制が整っている必要があります。

 
私が施設職員だった頃は30時間位(仮眠あり)の勤務でした。勤務内容としては、前日の午後1時から勤務をし、翌日の午後1時に上がるのが基本でした。しかし、1時で上がれるのはまれで、それから午後5時位までは勤務をしていました。この勤務をして家へ帰るとフラフラで布団に倒れて寝てしまう有様でした。翌日に仮に休みがあったとしても、出るのがおっくうなのと翌日にはあの勤務をすると考えると、1日ゆっくりしたいと考え、なかなか出かけてリフレッシュするには至りませんでした。それが、たまたま施設の友人に会って話をしたところ、現在は50時間あまりの勤務が普通になってきているとのことでした。50時間勤務とは2連泊をするという意味です。仕事をやっていく、悪く言えばこなすのがやっとでプライベートもままならぬ状況で、資質向上がはたしてできるのでしょうか?児童養護施設職員の平均勤続年数は良いところで7〜8年、悪いところでは3〜4年が実際です。資質向上をする前に燃えつきてしまうのが現状なのです。

 
現代社会において個人の資質向上や自己責任を柱にして、現状を乗り切ろうとするのは精神論で突き進んでいた当時の日本と同じように感じます。しかし、科学的にアセスメントをしっかり行い、社会制度を整えた上で個人の資質や責任を問題にしていかなければ、社会全体が疲弊していくように思います。決して人回作戦的な社会であってはいけないと痛切に感じます。

(副代表 岡安)
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