2007年05月13日
酔いしれる自分に気づくことの大切さ
私も案の定、酔いしれた時代がありました。それは、前回のコラムでも触れた通りです。具体的に上げるなら、私が所属していた野球では、練習後には必ず監督とコーチからのお話の時間がありました。ここでは、頑張った子どもを激励し、そうでない子どもにやる気の大切さを伝えます。ここの場で、気の利いた話をしてやろうと、様々な本を読みあさり、ネタとなりそうな話を書き留めては、子どもたちが練習で疲れていることも忘れて、とうとうと話をしたものです。今から考えてみると、子どもの時間を犠牲にし、自分が自分に酔っていたとに恥ずかしさを感じます。しかし、当時の私は大学を中退し、目的もあいまいとなった状況で、この時間は何よりも気持ちのよい時間であった事は、隠しようの無い事実だったのです。この独りよがりな、自己陶酔の時間に気づいたことは、気づかないよりもよかったと思いますが、やはり当時の子ども達には悪いことをしたと思います。
さて、ここまで読んで頂いた「あなた」は、これを読んでいかなる感想をもったでしょうか。ボランティア活動をするからには、そこに生きがいがあるのは当たり前ですし、当然あってしかるべきだと思います。ですが、時に振り替えってほしいのです。辛い作業ですが、自分に問いかけてほしいのです。この「活動は自分のためなのか?」、それとも「子どものためなのか?」答えがどちらになろうと、問いかけ続けることが重要だと私は考えます。それは、かけがえの無い自分の時間を使っているからです。ですが、同様に子どものかけがえの無い時間も使っていることも忘れないで下さい。
(副代表 岡安)
2007年05月06日
私の大学時代
コラムを書くに際して、多くの子ども達と関われたことに感謝したいと思います。
■ 腑抜けになって
さて、私の経歴を見ると「この人は元来子ども好きなんだろう」と思われるかもしれません。ですが実際は全く関心がなく、20歳までは海外青年協力隊で、海外に行き活躍したいと思う日々でした。しかし、大学へは行ったものの、大学に馴染めずに退学をしてしまいました。夢が無くなるとこうも人は駄目になるのかと、身をもって実感した時期でした。
■ ボランティアを始めて
渡りに船ではないですが、精神的に腑抜け状態の時に、地域の福祉施設の館長から、自分のところの施設でボランティア活動をしてみないかと誘われ、1も2も無くすぐに活動を始めてみました。当時は珍しい民間学童で1日を思いっきり遊び、子ども達にも名前を覚えてもらい、生き生きとした自分を発見しました。そのために、かなりのめり込んでいくことになります。のめり込んだ勢いで、この施設が運営している少年野球チームのコーチを引き受けることになりました。
■ 自分に酔いしれて
実は野球をするのはこれが始めてで、これまでの人生で野球を積極的に見たことも、やった事も無い自分がいきなりコーチになってしまいました。当然のごとくなともなコーチではなく、ノックをすればホームラン、ルールがわからず子どもから教わる等、どたばたの日々が続きました。この状況でも1年が過ぎると、まともに見えるコーチになり、子どもからコーチと呼ばれることが、快感に思える時期がおとずれることになります。
■ 酔いからの脱出
多くの指導者がこの快感の魔力に取り付かれます。私もこの状況を脱するのに2年の時間がかかりました。しかし、運よく脱することが出来て、本当に良かったと思っています。なにより、この気づきは、指導されている子ども達のためであると確信するからです。
(副代表 岡安)
2007年05月05日
はじめに
このコーナーでは、社会教育関係団体 夢職人の関係者がコラムを不定期で連載しています。自分自身の経験を振り返り思ったことや日々の生活の中で感じたことや思ったことを綴ります。
副代表の岡安は、「社会教育」 → 「児童福祉」 → 「学校教育」という子どもや青少年に関わる分野を横断的に渡ってきた方です。どの分野においても7年前後勤続されており、どれも思慮深い貴重なエピソードに溢れています。同じ子どもや青少年であっても、視点が変わると感じられることもまた変わってくるようです。
コラムを読まれる中で感じたことや思ったことがございましたら、コメント等をお寄せいただければ幸いです。
(代表 岩切)

